こんにちは。
スピリチャル・カウンセラーのMEGUMIです。
かなり前のことですが、会社員時代にどうしても気になる上司がいて、その人についてよく文句を言ってました。「なんで〇〇さんはああなのか?」とよく怒ってました。
ある日のこと、いつものように愚痴を言っていたら、同僚の男性からただ一言「往生際が悪い」と言われてしまいました。その瞬間は意味がよく分からなかったけれど、ハッとしました。
何か真実をついた言葉だったのでしょう。頭の中が静かになりました。上司のあるがままの姿を受け入れていないことを指摘されたわけです。
相手のあるがままの姿を受け入れるというのは、私にはかなりレベルの高いことでした。職場では相手に関して自分が変だな、おかしいなと思ったことはなるべく相手に直接伝えるべきだし、相手は改善できることは改善すべきだ、と思うかなり傲慢な奴でした。(笑)
それから少しづつ、気になる上司のことを違う角度から見るようにしたら、私のようなわがままな部下を(私だけではない!)指導しなくてはいけない責任やプレッシャー、相談する人がいない孤独感があること等を徐々に理解することができました。
相手は今できる最善のことをしているのかもしれない。文句ばかり言って相手を煙たがっていた私は、そのことを考えたことがありませんでした。
すると自然と上司に対して感謝の気持ちを持つことが出来るようになりました。そういうことはちゃんと相手に伝わるのか、それまで二人の間にあったとげとげした雰囲気がなくなり、気持ちがとても楽になったことを今でも鮮明に覚えています。
わたしにとって、その上司はおそらく似ているところがあったのでしょう。今生ではなくても自分自身が忘れてしまっている過去の自分(過去世)にはきっとあったのだと思います。だから時々上司の言動が癇に障ったのだと今は理解できます。
気づきのチャンスは時には不快な気持ち、いやーな気持ちを伴うことがあります。不快な気持ちは避けたいけれども、逃げても無駄なのです。
今何か不満に思うことや愚痴をよくこぼしていることがあるのなら、それは何のサインなのかをよく止まって観てみてください。
私たちに起こることに偶然はない、すべてが必然と言われています。
今日も地に足をつけてゴキゲンにお過ごしください♪
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